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雑記

しそ雑記

遠足に行くことにしたからサンドイッチを作りたい

仕事をやめた。貯金は無い。ニートでいられる期間は、わずかだ。まだ次の仕事を探す気力が起きないので、久々の長い休日を使って、遊びに行くことにした。遠足だ。

山か。周辺で遠足っぽい場所といったら山しかないぞ。東か?西か?どちらにも山があるんだ。山に囲まれているところに住んでいるから。

東の山に向かって、流行りの朱鷺などを眺めてこようかなと思ったけれど、西の山でお花や風景の写真を撮るのも魅力的だったし、何より人間を含めた生き物は写真を撮る際に非常に気を使わなければいけないものであるから、比較的気兼ねなくカメラを構えることのできそうな、西の山に行く。

まだ計画中だ。旅のしおり作成中だ。しおりを作るのが一番楽しかったりして。

 

何か、作って持っていこう。お弁当だ。サンドイッチを作って、持っていって、食べたい。雪国の冬なのに外で食べようとしている。晴れてさえいれば、寒さなど気にならないし、風景を眺めながら食べたほうが絶対に美味しい。寒がりな女性向けにガンガン暖房が稼働している空間で、ベタベタ貼り付けられたポスターや売店などを見ながら食事をするのは、個人的には少し魅力に欠ける。気がする。

 

自分で作ったサンドイッチを遠足で食べるためには、材料を買いださねばならない。ただ、今現在の自分の精神的に、家から出るという行動をあまりとりたくないから、ネットスーパーなる現代的手段を用いてお買い物をする。している。

 

「自分が食べたいサンドイッチ」を考えた。たまごの、ふわふわしてるアレがまずはじめに思い浮かんだのだが、作るのが難しすぎる。卵焼きで代替する。

 

・キャベツ?レタス?(千切りが面倒なのでレタスにした)

・ハム?ベーコン?(ベーコンにした)

・ピーマンを入れるとして、生のまま食べて良いのだろうか?(わからない)

・トマトを入れるとして、生のままでも悪くならないだろうか?(保存状態を考えろ)

・ポケットサンドの場合、使うパンの厚さは?(ググったら4枚切りをオススメされた)

・サラダ用のたまねぎと一緒にサーモンを入れたいが、刺身用で大丈夫だろうか?(不安なのでスモークサーモンを入れることにした)

・前日から作っておく場合、冷蔵庫に入れておけば良いのだろうか?(わからない)

・このモチベーションが明後日まで続くのだろうか?(わからない)

 

 レベルが低すぎる。サンドイッチを作ることでまず精一杯で、遠足に行くよりむしろそっちが目的になっている節すらある。

 

……と苦戦していたら、ヤバいコーナーを見つけてしまった。

 

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これは……

セブンステマ…………?

 

 とりあえず、サンドイッチ(の具材)はどうにかできそうな気がした。

セブンは神

 

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(セブンのステマでは無いのでセブンプレミアムという文字を消した)

 

 

 

次のお仕事が見つかるまでに、早く、気力を回復させたい。

こんな簡単な調理ですら怠くて、もうマックでもいいかなとか思い始めている。

 

アッ!

マックのステマまでし始めてるわ!もはやダイレクトマーケティングだわ!

でも……Windows7は永久不滅だョ!サポートが切れるその日まで!ネッ!

物言えば唇寒し

ああ とてもつらいなあ そうおもうから辛いのか それとも辛いから辛いと思うのか 心が見えないものである以上 はっきりさせることもできず たとえ冷静な自分がいたとしても 素直な感情を抑えることが出来ない だから冷静な自分は暴れている自分を見て自己評価をまた下げてしまう まあ もとより価値など無いのだけれども 底から更に底へ追いやってしまうものだから それもつらい これもつらい ああ

可視化作業

何Lだか知らないがこのでかいペットボトルにはお茶が入っている。喉の渇きを潤す為に少しだけ減っている。

それで殴る。殴るというか落とす。自分の腕、無くなっても支障にならなそうな利き腕じゃない方の腕を潰す勢いで落とす。実際に潰そうとは思っていない。痛いし。痛いから落としているのだけれど。

前に書いたとおり、いや、文章として脳から出してしまったから考えがエスカレートしているが、暴力は気を紛らわせてくれるというのが本当に今の自分にしっくり来ているのだ。傍目から見たら色々アレなのも理解しているしそれをまたブログに書くな。というのも分かる。でもアクセス数10も言ってないし全然平気。こんくらいの人ならまだまだ居るだろう。

というわけで今日もボロボロ涙が止まらない。はあ嫌になってしまうね。明日の朝腕に痣が出来ていたら嬉しいな。心の傷の可視化作業って書くととても格好良く見えるだろ?タイトルにしよう。

辛すぎる。どうしようもない。一瞬たりとも自分を呪う声が止まない。ずっと大音量で音楽聴いてる。でも音楽の切れ間にまたダメになる。ゲームもする気になれない。カラオケも疲れて歌えない。映画に誘われたけど体力無くて行けない。ああ。脳を捨てたい。脳にまでヘッドホンはできない。直接ぶっ刺して延々と永遠に音楽を聴いていたい。自分の声を聞きたくない。

自分の声は嫌いだけどカラオケで歌うのは大好きだから実際声に関してはナルシストかもしれない。

ご飯を炊いた

ふと思い立って、米を買った。炊飯器の釜を洗って米を入れてスイッチを押す。この一連の動作を面倒がってパンばかり食べていたので、久々の米の味は美味しかった。お米パンを食べたくなった。

世界がプログラムで出来ていて、ある日の晴れた空が、一面のブルースクリーンに変わるそんな光景を見てみたい。同じ動作を繰り返したり、同じ動作を全く繰り返さなくなったりする人間の中に紛れ込みたい。重大なバグが目に見えて起こってしまったまま放置されている世界で、それを認識しながらいつも通りの生活を続けてみたい。この気まぐれも乱数によって偶然引き起こされたものなら説明しやすい。

水たまりに反射する映像の中に飛び込みたい。足を踏み出した瞬間に反対側の世界に落ちていきたい。

 

少し前に、何かのサイトで個人ごとに脳内の思考の方法が違う?といった記事を読んだ。文章で考えるとか。映像とか。画像とか。音声とか。

私はほぼ音声で考えている。文章を書く時はずっと自分の声を聞きながら書いている気分だ。文がまとまった時点で一旦それを読み上げて、OKなら書き込む。みたいな感じ。最初から目的や書きたいことが決まっている文章については、品質はともかく比較的早く書き上げられる。比べて今みたいな、雑記としてダラダラ書いたりするものはいつまでたっても読み上げが終わらないのでまったくまとまらない。妥協して書き込んでしまう。今も。

ついでにいうと地図が苦手だ。多分、全てにおいてそうなのだけれども、「俯瞰でものを考える」ことができない。全体図ではなくて、一部を切り取ってしまう。一度行ったことのある場所ならグーグルのストリートビューのような感じで思い出して巡れるけれど、それを簡単に言葉で説明しろだとか地図を描けだとかそういうのはダメだ。難しすぎる。風景を描くのならまだしも。だからそういうことが得意な人は私からすると才能に満ちあふれているので自信をもってください。すごいです。正直嫉妬します。

 

雑に書くと本当に内容がまとまらないね。

書きっぱなし

「周囲から見た自分」を私は自分で勝手に設定し、それに見合わない自分が気に入らなくなる。脳内ではいくらでも自傷行為が出来る。現実、傷など付ける勇気もない。堂々とリスカする人間が羨ましい。羨ましすぎて死にたくなる。どうすれば死にたくなくなるんだろう。ネットを徘徊していると、こういう人間は薬でどうにかなるらしい。でも精神科に行くことが出来ない。行きたくないし、仕事的な意味でも時間が合わないし、お金も無いし、辛うじて持っていた保険証は大掃除による紛失、発行手続きが面倒で放置している。自業自得で潰れていく人生の中の一瞬を私は自傷妄想で過ごしている。

 

店員としての私は、気分を明るく保っている時の私は笑顔で接客し感じの良い声色でお客様の要望を聞くことが出来る。自分の外へ視線を向けることが出来る。鬱々としていない時の私は、他の人と共存できる。人の行動を認めることができる。

 

それなのになんで些細なことでそれすらできなくなるのだろう。他の人が目の前にいてもずっと自分のことしか考えられなくなるのは、これはきっと病気なのだろう。そう書くと「お前など病気ですらない」と言われるんじゃないだろうか。自意識過剰だ。「それ」はもっと辛い思いをしている人間がかかるものなのだと、抱えきれないトラウマなどお前には無いくせに、ちょっと辛いからとすぐに甘えるな、誰かに聞いて欲しいなら自分と喋っていろ、誰かにお前のその気分を共有させようとするなと、そういう自分からの意見を聞き始めるともうなんにも止められない。言葉が止まらない。

これを書いていて既に止まらない。ちょっとやりすぎている気がしないでもない。文章を書くことによる自傷になり始めている。でも、実際に傷を付けるタイプの自傷をしたことが無いのでわからないのだけれども、自分で自分を傷つけるのは案外気持ちのいいことだ。かわいそうな自分に酔える上にストレスも発散できる。行うのに必要なものが自分しか無い。自傷というか自虐か。自分を傷付ける行為だと思いながら自分を貶し続ける。気分が良い。終わりそうにない。人生も、このまま続くのだろうか。終わってみないとわからないことを、どうして今から考えてしまうのだろう。幸せになりたいと漠然と思えば、暗いであろうこの先の空に星が灯るイメージを少しだけ重ねることが出来た。

 

いいか クソみたいなポエムを書くくらいならすぐに寝ろ。睡眠不足だから苛々するんだ。他人のせいにするな。馬鹿な脳でどんだけ考えたって何も改善されはしない。いつまでも同じことの繰り返しだ。何も考えるな。そう自分が今、叫んでいる。日付が変わる前からずっとだ。それもそうだ。この一時間、ずっとポエムしか書いていない。これを書くことにより何が変わるわけでもない。文章に期待をしてしまった自分を恥じる。まともな文章力を手に入れてから物を書け。それじゃあどうすれば文章力は向上するのか。そんなもの要らないからすぐに寝ろ。まあ時間を思えば正論なのだがもう今はそれしか考えられないのでつべこべ考えずに寝ろ。そうずっと叫ばれている。幻聴とかそういうものではなく。意思が寝ろと叫んでいる。眠くもないのに常識人としての私が睡眠を得られないと体と心にダメージが行くのだと確かなソースを以って怒っている。怖いので、寝る。

思考能力の低下が著しい

同じ思考を保ち続けない。きまぐれ、気分転換が早い、すぐ立ちなおる、七転び八起き的ポジティブとも言い換えられる。ただ、私の鬱々とした脳みそは一回ストレスを与えられるとすぐさま今までの「七回分のダメージ」を脳内に延々と繰り返し再現してしまう。そこからまたずっと気分良く過ごすためには、八回分続けて立ち上がるだけの明るい気分などを作らないといけない。

 

誰かに仕事上のミスを指摘される。優しい口調で。それを、被害妄想に囚われた私は「まるで小学生に言い聞かせるような口調だ、この程度のことも分からないから私を馬鹿にしているんだ」と読み取り、相手の善意を無視して気分を悪くしてしまう。こう感じる時、私の脳内では「馬鹿にされている」「馬鹿にしている訳ではない」と相反する考えを戦わせている。些細な事で苛々してしまう私が嫌になって、脳が疲れて頭痛を起こす。頭痛がまた苛々を増やす。苛々していることだけが大きくなって、涙が出る。こんなことで泣くだなんて気持ち悪いと自分を責める。泣いている自分をどこか遠くから見ている私が「泣いても解決には全くならないのだ」と延々と言い聞かせる。言い聞かせられる私もそれを分かってはいるのだけれども、身体に居る私が幾ら涙を止めようとしても止めることが出来ない。

 

仕事中にこれが起こると、まあ帽子を被っているから直接表情を読み取ることは出来ないとは言え、作業をしながら泣いている人間になる。流石に声色までは誤魔化せないから、挨拶や必要な会話もできなくなる。結果、泣くことが嫌になる。それでも泣いてしまう。すると嫌なのに泣いてしまう自分がもっと嫌になる。嫌になる。死んだほうが良いとずっと思っている。自殺は誰に対しても迷惑をかけることだと誰もが言う。その通りだと思う。それこそ何の解決にもならない。ただ、死を望むことで脳内の苛々は一時的にそっちにリソースを全部持っていかれることにより薄まる。死にたいとだけ考え続ければ苛々は薄まっていく。毎日これを繰り返す。苛々する。泣く。死にたくなる。どうせ自殺など私はしない。ただただ死に方を考える。死んだときの痛みを考える。死んだらどうなるかなどはどうでもいい。死ぬ瞬間に考えることは何なのだろう。どんな気持ちで死ぬ準備をするのだろう。そういう思考に浸っているとやっといつも通りに近づいていく。

 

家に帰って、完全に一人になって、やっと無表情で自分の感情のままに生きていられる。睡眠を抜かせば五時間。日本内なら平均より多いのかもしれない。

 

大切にされたい、存在を認めてもらいたいと言う欲求だけが募っていく。私にはそういった完全なる素を出せる相手が居ない。そういう相手が居た頃を思い出すとまた脳にダメージが入る。思い出が今の自分を苦しめる。だからもう親しい人を作らなくなる。ネット社会に慣れてしまってからはそれがもっと激しくなった。SNSはすぐにアカウントを消してしまう。ネトゲも交流が苦で続かない。素の性格がそういうことに向いていない上に、対人関係に消極的になりすぎてしまった。改善したいという気持ちだけはまだ辛うじて残っている。

 

こうして今自分の気持ちを整理している文章だけが私の素直な言葉になる。正しい綺麗な文章にはなれない。どうすればまた誰かと会話できるようになるのだろうか。ここまで書いていてやっと分かった。もう会話などしなくていい。誰かに見ていてもらいたい。「それでもお前は恵まれているのだ」と、そう殴られたい。今望むのは、気を紛らわせてくれる暴力だけだ。